デービッド・アトキンソン : 小西美術工藝社社長
■「生産性が低いのは需要不足だから」は正しいか
「生産性が低い原因は、需要不足です。そして、その原因は、政府が緊縮財政を長年行ってきたからです」
前回の記事(「デフレだから生産性向上は無理」という勘違い)を読んだ読者から、こういったコメントがありました。
生産性向上は日本経済の最大の課題なので、数回にわたってこの指摘が正しいのか、冷静かつ客観的に検証してみたいと思います。
この意見のどこまでを肯定できて、どのような示唆が得られるかを探っていきます。
先ほどの指摘をする人たちは、「デフレは、供給に比べ需要が足りないことが原因で起きているので、需要を増やすべきだ」という理屈を展開しています。
そして需要が足りないのは緊縮財政に原因があるので、財政を積極出動し、インフレに持っていけば、経済は復活するという主張をしていると推察できます。
財政の健全化に反対するこの見方の延長線上で、消費税凍結を主張するのも、理屈としては理解できます。なぜなら増税もデフレ要因の1つだからです。
この意見に対する一般的な反論は「日本はすでにGDPに対する国の借金が世界一なので、積極的に財政を出動することは危険だ」という主張です。
すると彼らは、MMT(モダンマネタリーセオリー)を持ち出し、「先進国の場合、国の支出はインフレになるまでいくら増えても問題ない」と主張し始めます
(MMTについての考えは後段で説明します)。
彼らの考えの背景には、「日本経済が成長していない原因は、需要が足りないことにつきる」という思想があるような印象を受けます。
この考え方には、どこまでの説明能力があるのでしょうか。日本経済の低迷の原因は、どこまで政府部門に依存しているのでしょうか。
■日本の政府支出は、むしろ多いほうだ
冒頭のコメントのように、日本のデフレを問題視している人は、緊縮財政をやり玉に挙げる傾向が強いようです。
緊縮財政とは、政府支出を減らすこと、もしくは税金を増やすこと、あるいはその両方です。
いまの日本は、緊縮財政をとっていると言えるのか、確認していきましょう。
日本の政府支出の水準は、高所得の国の中でも高いほうです。
世界銀行によると、高所得の国のGDPに対する政府支出が平均17.8%だったのに対して、日本は19.8%でした(2018年)。
世界全体で見ると、政府支出はGDPの16.9%(2019年)でした。日本の政府支出の水準は低いわけではないのです。
長期で見ても、政府支出は歴史的な高水準で高止まっています。
(中略)
■日本にとってMMTはもろ刃の剣だ
実は、MMTの理論を吟味するのは、特に日本にとって大事です。それは、すでにGDP比の政府債務比率が世界一だからということだけではありません。
IMFは、高齢化が進んでいる国ほど、政府支出増加の効果は小さくなると分析しています。
OECD加盟の17カ国を分析したところ、政府支出の増加から4年後の経済効果は、高齢化の進んでいる国では、
高齢化が進んでいない国の3分の1しかなかったそうです(Aging Economies May Benefit Less from Fiscal Stimulus, August 2020)。
こうなる理由は、高齢化が進むほど、政府支出の増加が個人消費と設備投資を喚起する効果が小さくなるからです。
政府支出の増加は生産年齢人口が最も大きな恩恵を受けるので、生産年齢人口の比率が小さくなるほど、その効果は薄れるのです。
高齢化が進んでいる日本にとって、経済を成長させるための政府支出はかなり巨額とならざるをえないので、MMTの活用は必要となります。
しかし、労働参加率もかなり高くなっています。
すでに説明したように、MMTの理論には完全雇用の制限が存在するので、適切に運用するのは相当難易度が高くなることが予想されます。
私は、政府支出の増加が日本の経済再生にプラスの効果があることは否定しません。
特に、産業構造を改革するのに必要とあれば、政府支出の増加は不可避でしょう。
しかし、産業構造を改革することもなく、ただ単に政府支出を増やすだけで日本経済が再生できるかは、はなはだ疑問です。
次回以降もさらに検証したいと思いますが、人口減少を考えれば、政府支出の増加は少なくとも特効薬ではありません。
このことは、繰り返し強調しておきたいと思います。
(全文はリンク先にて)