◆米軍基地の街から「梨泰院クラス」の街へ
筆者が韓国に留学していた1980年代半ば、梨泰院は米軍基地の街だった。
米国のファストフード店がまだ珍しかった時代、梨泰院に行けば、「ウェンディーズ」があり、ピザが食べられた。
韓国初のジャズクラブ「ALL THAT JAZZ」が有名で、韓国に居ながらアメリカっぽさを感じることができた。米兵相手のバーやクラブが軒を連ね、夜になると危険な雰囲気も漂い、一般の韓国人や若い女性にとっては近寄りがたい場所でもあった。
ソウルで企画・翻訳オフィスを運営するライターの伊東順子氏によれば、梨泰院が今のような一般の韓国人にも人気の街になったのは2000年代半ば以降だという。米兵が減った代わりに外国人観光客が多く訪れるようになった。さらに、イスラム圏の人々が多く暮らすようになり、街が多国籍化した。
また、2010年代に入ると若者の創業ブームが梨泰院にも波及し、比較的地価の安い路地裏に個性的な店が次々と誕生していった。そこには、性的マイノリティの人々も含まれていた。
日本でも人気の韓国ドラマ「梨泰院クラス」も、多様な価値観を受け入れ、それを楽しむことができる街として梨泰院を描いていた。海外にいる気分を味わえるきれいな建物、世界各国の多様な人種、誰もが自由に見える。世界の縮図のような街――若者にとっての梨泰院は、一発逆転を可能にするコリアンドリーム実現の舞台でもあった。
◆10人に9人が貧困経験…ソウルの若者達の苦悩
梨泰院でハロウィーンを祝う習慣が根付いたのは2015年前後からのようだ。体験を重視し、SNSにその写真を挙げて共有することを楽しむ20~30代の「MZ世代」が中心となり、毎年のイベントとして定着した。
韓国では1980年代半ばから1990年代初頭生まれの「ミレニアル世代」と1990年代後半から2010年生まれの「Z世代」を合わせてMZ世代と呼ぶ。デジタルネイティブで個人主義的な性向を持つMZ世代は、消費市場をけん引し、その動向は企業のマーケティングで最も重視されている。
経済的に豊かになった韓国に生まれ、恵まれた消費生活を存分に享受する世代とのイメージがある。だが実は、お金の心配をせずに消費活動を楽しめるのはごく一部の若者に過ぎない。
ソウル研究院が2022年8月に発表した「ソウル市青年の多次元的貧困と政策方向」報告書をみてみる。
ソウル居住の青年3000人(18~39歳)の貧困状態を▽経済▽教育・能力▽労働▽住居▽健康▽社会的資本▽福祉――の7つの領域(重複あり)で分析したところ、1586人(52.9%)が経済面で、1208人(40.3%)がうつや自殺願望を抱くなど健康面で、それぞれ貧困状態にあることが判明した。また、1122人(37.4%)が社会的に孤立したり人間関係がうまくいかなかったりする社会的資本の貧困▽1061人(35.4%)が失業や求職断念など労働面での貧困――などの状態にあり、「いずれかの領域で貧困状態にある」は実に85.9%に上る。
新型コロナウイルス感染によってこうした貧困の危険性は拡大・固定化する傾向にある。
景気の低迷、失業の増加によってMZ世代の債務者も増加した。2022年4月の時点で若者層(39歳以下)の多重債務の総額は39兆ウォン(約4兆500億円)を超えた。
住宅価格の高騰に伴い、「チョンセ」(毎月の家賃の代わりに家主に預けるまとまった額の保証金)を工面したり、少しでも所得を増やそうと株式や暗号資産(仮想通貨)などに投資したりするために借金をする若者も多かった。
しかし、株式市場は暴落、若者に人気の高かった韓国発の暗号資産ルナは破綻した。さらに、返済金利の上昇も加わり、若者たちは悲鳴を上げている。
そんな苦しい日常を一時でも忘れ、久々にマスク無しのハロウィーンを楽しもうと梨泰院を訪れた若者たちを思うと胸が痛む。梨泰院雑踏事故を招いた「安全不感症」と同様に、若者の貧困問題は日本にとっても他人ごとではない。事故原因の究明とともに、日韓の若者が置かれた現状に目を向ける必要がある。
【執筆:フジテレビ客員解説委員 鴨下ひろみ】
11/5(土) 12:12配信
FNNプライムオンライン
https://news.yahoo.co.jp/articles/d46c0667012ae671bef9070ab3e06ffdc8ded1f5
引用元:https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1667625641/